こちらのとかし櫛は、長野県の木祖村で篠原武(しのはら・たけし)さんという熟練の職人さんが作っています。
40年近くの間、櫛作りに励む篠原さんは今年で67歳。昨年、厚生労働省から「現代の名工」として表彰もされました。
美しい曲線に目を奪われ、勢いよく手に取ったこの櫛。浮世絵の美人画に描かれている耳のような形だなと思いつつ、その名を尋ねると「びんかき櫛」とのこと。
あらためて辞書を引いてみますと……「びん」は耳際や側頭部の髪の毛とあります。かつて、日本髪や髷(まげ)を結う時に使われた櫛が「びんかき」なんですね。
では、なぜこれが「びんかき」なのか。じつは、この美しい形にこそ意味があるのです。
先人の知恵を体で感じられる
なだらかな曲線の美しい櫛
こちらの櫛には上下があります。角度の急な太いほうが上、すなわち頭頂部側、角度の緩やかな細いほうが下、すなわち耳側になるよう手に持ちます。そうして側頭部にあてて、髪をかく。すると……、先が細くなっているおかげで、櫛が耳に引っかかることなく、髪をとかし上げることができるんです! これぞ、知恵と工夫の結晶。この櫛で、シャッシャと髪をまとめれば、きっと身も心も引き締まります。「結う」という行為をとても尊いものに感じさせてくれる道具ではないでしょうか。歯と歯の間は、根元のほうで約1ミリ、先端のほうで約2ミリと粗めなので、くせっ毛やパーマのかかった髪でも通しやすいのも魅力です。
ちなみに、「お六櫛」とは長野県の伝統工芸。古くからの言い伝えにより名付けらました。
それは江戸時代。木曽の旅籠に美人で評判の「お六」という娘がおったそうな。
しかし、お六はかわいそうなことに、持病の頭痛に毎日悩まされていたんじゃと。
そんなお六にある旅人は教えてやった。「御嶽山の大権現さんに頼めば願いを叶えてくれるのでは」。お六は頭痛を治したい一心で、御嶽山に願かけへ。すると、「みねばりという木で作ったすき櫛で、朝夕髪をとかしなさい」とのお告げを受けたそうじゃ。
言われた通り、毎朝毎晩みねばりの櫛で髪をといてしばらくすると、あれだけお六を悩ませた頭痛はすっかり消え去ったそうな。
喜んだお六は、この御利益を同じように頭痛に悩む人々にも分けてあげたいと願い、みねばりの櫛を売り始めた。
すると、中山道を行き交う旅人の間で評判となり、木曽の「お六櫛」として今日まで伝えられてきたのだと。
みねばりの木は、和名「オノオレカンバ」と呼ばれる通り、斧が折れるほど堅い木。そのため丈夫で歯が折れにくいのが特徴です。一方で、熟練の技によりなめらかに整えられた歯は髪の通りがよく、あたりも柔らかいのです。
使いこむほど色つやが増し、使い心地も一層よくなります。ぜひ末永くご愛用ください。
職人: |
手挽お六櫛工房 篠原 篠原 武(長野県木祖村) |
寸法: |
幅約15.7センチ |
納期: |
2〜4週間前後 |
手入れ方法など: |
- 時々、ツバキ油などの植物性油を染み込ませた布でお手入れください
- 櫛の歯の間にほこりや垢などがたまりましたら、使い古した歯ブラシなどで取り除いてください
- 湯水で洗いますと木の油分が取れてしまい、曲がったり、髪の通りが悪くなる原因となりますのでご注意ください
|